戦争と平和

終戦60年 戦争について思うこと

60年前の第二次世界大戦。
たくさんのいのちが奪われた、実際に起こっていた戦争。

個人対個人では、憎みあっているわけでもないのに、
殺しあった戦争。

そして若い命を無駄に捨てなきゃいけないのも戦争。

絶対にしてはいけないはずの、「人殺し」をしなきゃいけないのも戦争。

通常なら重犯罪のはずの殺人を、もっともらしい理屈で、しなきゃいけない状況に追いやられるのが戦争。

しかも、人を殺したら、自分のいのちを捨てたら「名誉」とされる戦争。

自分が死んだら、家族や恋人や友人も悲しむのに。

逆に、家族や恋人や友人が殺される可能性だってあるのに。

可能性だけじゃない、実際に殺された人がどれだけいることか。

今までせっかく生きてきたのに、突然いのちが奪われるなんて。

夢も希望もすべて失って死んでいくなんて。

一体どういうきもちだったのだろうか。

戦争さえなかったら、もっと充実したはずだった人生かもしれないのに…。


いつ殺し殺されるかビクビクして生きなくてはならなかった戦争。

いつ空から爆弾が降ってくるかもしれない戦争。

おかしいと思っても口を封じられた戦争。

もし口に出したら「非国民」扱いされた戦争。

精神的に参ってしまいそうだ。

戦争中は軍事費にほとんどまわされ、今では想像できないくらい国民は貧しい生活をしていたそうだ。

戦争によって孤児もたくさん増えてしまった。

戦後盗みを働かないと生きていけなかったり、飢えて死んでいった孤児たちもいる。

想像するしか出来ないけれど、

あまりに悲しすぎる戦争。

実際に60年前まで本当にそういうことが本当にあった。

(そしていまもまだ、世界では戦争紛争などがある…。)

実際にたくさんの人が殺し殺されていった。

ただただ、もう二度と繰り返したくないです。

一体、どうして、あんな悲惨な戦争がおこったのか。
その経緯ももっと詳しく知ろうと思います。

また同じ過ちを繰り返さないように。
もう、だまされないように。

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長崎原爆の日に思ったこと

この前、自分の不注意でほんの小さなやけどをしましたが、燃えるように痛くてねむれないことがありました。こんな小さなやけどなのに…。
アイスノンで冷やし続けて麻痺させてやっとなんとか痛みがやわらぎましたが、
もし、体の大部分をやけどしたら、一体どんなに痛いでしょうか。
しかも、手当てもされないとしたら…。
そもそも精神的にもどんなにショックか計り知れません。そして死んでいくなんて…。でもそういうことが実際にあったんですよね。
そういう人が、60年前、実際に何万人もいたなんて。

原爆の被害のことを聞くと、想像するだけで胸が痛みます。
しかも現実は、はるかに想像を越えているのでしょう。
また、原爆の被害は、その他にも、体の半分一面に飛んできたガラス片が突き刺さって鮮明な血が流れていた人もいるそうです。どんなひどい痛みだったでしょうか。
一瞬で亡くなった人、苦しみながら亡くなった人、
そして、たとえ生き残っても放射能の影響でなくなっていった人、
放射能の影響の恐怖を何十年も持ち続けて生きた人、
生き残っても飢えてなくなっていった人、
原爆の惨状を見た人の心の傷も、戦争や原爆で、家族や友人を酷い失い方をした人たちの心の傷も、助けられなかった自責の念に駆られる人たちも、その悲しみはどんなに深いか計り知れません。
今だって被爆者の心の傷はいやされることはないのではないでしょうか。

私は、観なかったのですが、いくつかのブログなどで紹介されていた
筑紫さんのニュース23の番組で、原爆開発と投下に携わったアメリカのアグニューというアメリカの科学者が、原爆の被爆者のかたに、
「誰もが戦争に貢献していたのだから戦争で罪のない人なんて一人もいない。
そもそも日本軍だってパールハーバーを攻撃した。
私だってたくさんの友人を亡くした。
私は謝らない、謝る気持ちはない」
というようなことを言ったそうです。

悲しかったです。
真珠湾にも広島・長崎にも、当時たくさんの人が生きていました。
そして、それを奪われ、どちらに住んでいた人の悲しみは同じなはずなのに。
同じ人間なのにどうして食い違ってしまうのだろうと思いました。
どっちだって殺し合いなんて本当はいやなはずなのに。
やっぱり戦争なんて絶対許されるものではないと思います。

そして、愛国心だけではだめだと思いました。
愛国心だけだと戦争はなくならない。
当時、日本国民は愛国心を植え付けられて戦争に駆り立てられていた。
アメリカは今も、アメリカが一番だと言って強い愛国心を持っています。
お互いを許しあい、戦争をしないには、愛国心だけでなく、世界愛・人類愛がないと、ダメだと思いました。
自分さえ、自分の国さえ良ければって言う考えだとまた過ちが繰り返されてしまうのではないでしょうか…。

それと、謝罪のことについて思ったのは、
個人間だと、たとえば、こちらが先に謝れば相手も謝ってくることが多いですよね。
そして和解しやすくなります。
また、そっちから謝らなければ、こっちからは絶対謝るもんかって思ってたら平行線が続いてしまう。
それどころか、関係はこじれたまま。恨みあったままになってしまう。
さらに、そっちが謝ってよ、と言って謝らせようとしても相手は謝ろうとしない、または心から謝らないことが多いと思います。
こちらがまず罪を認めないと、相手も罪を認めようとしないと思うのです。

国同士も同じではないでしょうか。
日本は、アジアにもアメリカにも、なぜか先に謝ろうとしていない気がします。
日本は戦争では被害者でも加害者でもあるので、先に謝ったらいいのにと思います。

和解の大切さは、平和を作る発想術(ヨハン・ガルトゥング/著 岩波ブックレット)という本を読んだときとても重要だと思いました。いつか、もっと詳しく書きたいです。

もちろん、謝ったからといって、過去は取り戻すことは出来ないし、許されることかどうかも判りませんが、だからってこのままでいいとは思えません。
でも60年前の惨劇を二度と起こさないようにするには、この点でしっかりと和解したほうが、核の恐ろしさを伝えやすくなり、平和の発信、核廃絶、軍縮の道へつながるような気がします。最終的に日本のため、世界のためになると思います。

大切な人を失う悲しみは、人生を失う悲しみは、生まれてきたまちを失う悲しみは、
世界共通のはずです。
だから、和解すればきっと人種が違ったって、違う国同士も分かり合えると信じてます。
私は、無理なことだとは思いません。
なぜなら、今日テレビの長崎の記念式典で、原爆の被害者の方が、
「長崎を最後の原爆の地にしてください」とおっしゃっていたからです。
報復ではなく、もう二度と、この苦しみを、この悲しみを他の誰にも味合わせたくないという思いがひしひしと伝わってきて胸をうたれました。

60年たった今でも、原爆の本当の恐ろしさを知っているアメリカ人は一体どれくらいいるのでしょうか。
少しでもたくさんの人に知ってもらいたいと思います。
そしたらきっと、核兵器に賛成する人なんて一気に減るはずです。
長崎のHPに原爆被害者の方の体験談の英語版が載っていました。
少しでも多くの外国人の方々に読んでほしいと思います。

■証言集「私の被爆ノート」英語版(ナガサキ・ピース・サイト)

とりあえず私の知っている外国の人には、プリントアウトして、今度さしあげようかと思います。
ほんとに小さな行動かもしれませんが、その人から何かや誰かに、もしかしたら伝わっていくものがあるかもしれないと思います。

また、原爆投下でどれだけ酷い被害があったのか、日本人も果たしてどれだけ知っているのでしょうか。他の国に原爆の恐ろしさを伝えることが核兵器廃絶や軍縮につながるなら少しでもまず日本に住む自分が知っておきたいと思います。
私自身もこわいという気持ちが強くて、原爆被害に関して知らないことが多かったかもしれませんが、今年はもっと、被爆した方の体験談などを目をそらさずに読もうと思います。
そして、平和のための祈りとともに小さなことでもいいから行動をしていきたいです。

2005年 原爆・平和連載企画

■証言集「私の被爆ノート」(ナガサキ・ピース・サイト)

長崎記念館は、今日は無料開放だそうです。
少しでも多くの人が訪れることを願います。

長崎原爆記念館

ナガサキ・ピース・サイト 原爆・平和2005


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絶望と希望 広島原爆の日

今日はヒロシマの原爆の日でした。
テレビで平和式典を観ました。

そして、8時15分。
本などで読んで知った60年前の原爆が広島に落とされた当時のこと、
原爆で亡くなられた方たちの、それこそ想像を絶してしまうすざましかったであろう
痛み・苦しみや絶望、無念さをおもい、
あの悲劇をもう二度と繰り返さぬようにとつよく願いながら、黙祷しました。

広島の秋葉忠利市長のお話はとてもすばらしいと思いました。

 秋葉忠利市長の広島平和宣言(2005(平成17)年8月6日 中国新聞より)


核兵器廃絶と世界平和実現のため、ひたすら努力し続けた被爆者の志を受け継ぎ、私たち自身が果たすべき責任に目覚め、行動に移す決意をする、継承と目覚め、決意の刻でもあります。

 この決意は、全ての戦争犠牲者や世界各地で今この刻を共にしている多くの人々の思いと重なり、地球を包むハーモニーとなりつつあります。

 その主旋律は、「こんな思いを、他の誰にもさせてはならない」という被爆者の声であり、宗教や法律が揃(そろ)って説く「汝(なんじ)殺すなかれ」です。

 未来世代への責務として、私たちはこの真理を、なかんずく「子どもを殺すなかれ」を、国家や宗教を超える人類最優先の公理として確立する必要があります。


本当にそのとおりだと思います。
すべての人々と、罪の無い子どもを殺すなかれ、
そして、子どもが悲しむ戦争をするなかれ
子どもから親を奪うなかれ、子どもから未来を自由を奪うなかれと、強く思います。

また、子どもたちには戦争の愚かさや原爆の恐ろしさと同時に、平和のすばらしさも教えていくと、希望がもてるのではないでしょうか。

そして、秋葉市長は、強く平和を願うだけでなく、実際に核廃絶にむけて、いろんな組織やNGO、市民と手をつなぎながら、さまざまな具体的な行動をされているところに、深い感銘を受けました。

・加盟都市が1080に増えた平和市長会議は現在、広島市で第6回総会を開き、一昨年採択した「核兵器廃絶のための緊急行動」などを訂正しているそうです。

・具体的指針
1)全米市長会議や欧州議会、核戦争防止国際医師の会等々、世
界に広がる様々な組織やNGOそして多くの市民との協働の輪を広げる指針

2)世界の市民が「地球の未来はあたかも自分一人の肩に懸かっているかのような」危機感を持って自らの責任に目覚め、新たな決意で核廃絶を目指して行動するための指針

・国連に多数意見を届けるため、10月に開かれる国連総会の第一委員会が、核兵器のない世界の実現と維持とを検討する特別委員会を設置するよう提案します。(どの国も拒否権を行使できる「全員一致方式」では、軍縮が不毛に終わってしまうため)

・国連総会がこの特別委員会の勧告に従い、2020年までに核兵器の廃絶を実現するための具体的ステップを2010年までに策定するよう、期待します。

・今日から来年の8月9日までの369日を「継承と目覚め、決意の年」と位置付け、世界の多くの国、NGOや大多数の市民と共に、世界中の多くの都市で核兵器廃絶に向けた多様なキャンペーンを展開します。

・日本政府には、海外や黒い雨地域も含め高齢化した被爆者の実態に即した温かい援護策の充実を求めます。

被爆60周年の今日、「過ちは繰返(くりかえ)さない」と誓った私たちの責任を謙虚に再確認し、全(すべ)ての原爆犠牲者の御霊に哀悼の誠を捧(ささ)げます。

「安らかに眠ってください 過ちは繰返しませぬから」


もっと、まとめようと思ったのですが、ほとんど載せてしまいました。
私は今日の秋葉市長の言葉を胸に気を引き締めていきたいと思います。

60年前の今日は、ものすごく多くの人が絶望の中亡くなって、今でも原爆の後遺症で苦しんだり亡くなっていく人がいます。
でも、平和憲法である日本国憲法が出来たとき、絶望の中にいた当時の市民に希望の光が見えたはずです。
そして、実際に多くの人に歓迎されて60年たちました。
今も私たちの平和を大きく支えてくれています。

私は、今日「はだしのゲンはピカドンを忘れない」中沢啓治/著 岩波ブックレットを読み返しました。

実際に原爆を体験した著者のマンガの主要な部分と読みやすい文章で原爆当時の広島の様子、著者の気持ちなどが、えがかれています。
そこにあるのは、まるで生き地獄、そして絶望でした。
あまりの恐ろしさに、目をそらしたくなったり、気分が重くなってしまいましたが、原爆の恐ろしさを決して忘れないためにも、本当に貴重な資料だと思います。
はだしのゲンを、読んだことある人もない人もぜひ読んでほしい本です。

私たちは平和な時代に生まれたことにもっと感謝し、過去の原爆や戦争の悲劇を忘れずに、後世に受け継ぎ、世界の人たちに伝え、
そして、どの国も二度と原爆を使わないように、核廃絶・軍縮・平和の大切さを、唯一の原爆被爆国である日本の私たちがあらゆる形で訴えて進めていくべきだと改めて思いました。

そうすることが、きっと原爆や戦争で亡くなった人たちへの弔いになると思うし、
これからの日本や世界のためになる、希望になると思います。

一人一人が、できることは限られているし、微々たるものかもしれません。
けれども、一人一人があらゆる方法で、微々たることでもやっていけば、大きな力になると思うし、あきらめなければきっと絶望を希望に変えていけるはずだと、信じていきたいです。
私はまずは、もっと有効な手段を見つけるまでは、やっぱりいろんな知ること、考え続けること、このブログでささやかながら伝えたり、訴えていくことを続けていきたいと思います。

<追記>

前回のブログ、「夕凪の街、桜の国」を読んででご紹介した「夕凪の街 桜の国」(こうの史代/著 双葉社)というマンガも、広島の原爆の、そしてその後のお話です。

グロいシーンもほとんどなく、やわらかいやさしいタッチで読みやすく、でも戦争と原爆のおそろしさはしっかりと伝わってくる本でおすすめです。
そしてこの本を最後まで読んだときの後味も悪くないので、
原爆の本に抵抗があるひとでも読みやすいと思います。
この機会に再度ご紹介させていただきます。
この本が少しでも多くの人に読まれることを願って…。

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その国の人を知ること 2

 2003年4月か5月のBSで、イラクの若者たちと、アメリカの若者たちがお互いの国から衛星中継で討論をしてました。
(イラク戦争がはじまる少し前に討論した内容のようでした)

 イラク(バクダッド)の若者は、アメリカの若者と服装などあまり変わらない人もいたのが驚きでした。頭に布をつけた、民族衣装の女性もいたし、布を巻かずに洋服を着てメイクしている今風の女性もいました。
わりと服装は自由なんだなと思いました。
 ロックが好きな青年もいました。ギターが好きだと言っていました。父親が軍隊だから心配だといっていました。
 
 イラクの若者も戦争は反対だといってました。もちろん、放送中も監視もされているそうだし、その言葉は言わせられている可能性もあるかもしれません。だけど、若者たちの表情や言葉からは、本当に戦争なんてしてほしくない、戦争はこわいという強い気持ちが伝わってきました。
 きれいなイラクの女の人が、「戦争になったら、ここにいる私の今の笑顔は明日にはないかもしれないのよ!」といった言葉が忘れられません。

 アメリカの若者たちもやっぱり戦争反対派が多かったけど、
イラクの民間人はなるべく攻撃しないよう最新武器をつかって基地だけを破壊するから戦争には賛成だよという若者もいました。
 (でも実際は、戦争が終った今でも、イラクの民間人は沢山殺されていますよね。)
 だけど、賛成だった子も、その話し合いを通して、考えが少しだけど変わってきているような感じがしました。 

 そしてイラクの人たちは、死と隣り合わせなのに、「戦争はやめましょう、アメリカの人たちを愛しています」と言っていました・・。
その言葉も忘れられません。
「音楽は最高。戦争なんてやめてロックを楽しもうよ!」と言っている若者もいました。
 
 アメリカの政府はもちろん、日本の政府もイラク戦争支持という決断をする前に、あの番組をみてほしかったし、戦争をする前に沢山のイラクの人たちとあの番組のように話してみてほしかったです。

 そして、あの番組に出演していた若者たちは無事なのかなと思うととても切なくなります。
 若者たちの笑顔とかいろんな表情はまだ、心に残っています。
 あのイラク戦争で、沢山のイラクの人が死んだし、アメリカ兵も死んだ。
 ああいうふうに、生きて、生活して、笑って、しゃべっていた人たちが死んだということを、遠くに住む私たちは一体どれだけ実感をもっているのだろう。
 そして沢山の犠牲を出してまであの戦争をした意味は一体なんだったのだろう。

その国の人を知ること

 冬のソナタが大人気の今、ほんとうに例えばの話だけど、韓国と戦争することになったら、ヨン様ファンは猛反対するだろう。
 ドラマ一つみるだけで、その国の人が好きになり、その人がすむ国が好きになる。
 ドラマ一つでその国と、仲良くなりたくなって、戦争なんて絶対したくなくなることがある。

 北朝鮮だって、いやな面、怪しい面しか見ていないだけで、本当はヨン様のような人がいるかもしれない。ただそのことを知らないだけで。同じ朝鮮半島なんだし。
というか、ヨン様も、北朝鮮のある朝鮮半島に住んでいる。
 拉致問題は許せないと思う。でも、北朝鮮の人全員が拉致問題に加担したわけでない。
 日本に住む私たち全員がイラク戦争を支持したかったわけでないように。 

 アメリカはとても閉鎖的な国らしい。自国以外のことをほとんど学んでいないそうです。イラクがどこにあるか知らない人も沢山いるみたい。
 イラクにいた人たちがどんなひとたちか、よく知らないで、アメリカは爆弾を落とした。
 その国の人たちを知っていたら、それでも戦争はおこったでしょうか。
 たとえ知らなくても、戦争に反対した人はいっぱいいたと思うけど、
イラクの人たちを見ようとしなかった上の一部の人たちはあっというまに戦争をおこしてしまった。
 
 たとえ莫大な費用をかけて防衛をしても、かえって敵対心を持たれ危険が高まることもある。
 むしろ、その国を好意的に理解することによって戦争は防げる気がする。
 楽観的と思われるかもしれないけど、もっといろんな国の人たちのことを知ることが戦争を防ぐ一つの方法ではないかと思う。
 そして、多くの国に好かれる国になるのも、一つの方法だと思う。
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